八卦掌の型(套路)
今回は八卦掌の老三掌を中心に八卦掌の套路(型)について考察してみたいと思います。
八卦掌の套路の特徴
八卦掌の型には、大別すると、主に練功を目的とした鍛錬型と技法を表現した応用型があります。
鍛錬型というのは、八卦掌の身法や歩法の習得を目的とした型で、単換掌、双換掌、順勢掌などの老三掌や、定式八掌の換掌などがあります。
応用型のほうは、格闘技で言うコンビネーションのように、八卦掌の複数の技法を連続して行うものです。
また八卦掌の套路の形態としては、円周上で行うものが主ですが、直趟六十四掌や馬貴派八卦掌の88式、128式のように直線上を往復して行うものもあります。
老三掌
八卦掌の套路は、各派で大いに異なりますが、老三掌と呼ばれる単換掌、双換掌、順勢掌の三掌は概ね共通しています。
- 単換掌
- 双換掌
- 順勢掌
私が学んだ馬貴派、宋派、程派、劉派の八卦掌の老三掌を抜粋して紹介します。
単換掌
単換掌の単は、単一を表し、一回換掌するという意味です。
具体的には、扣歩 → 擺歩 → 扣歩 の歩法を用い換掌する事で、体の向きが左右180度入れ替わります。
単換掌の主要な目的は、以下の二点です。
- 換掌を中心とした螺旋勁の習得
- 基準となる扣歩、擺歩の習得
馬貴派八卦掌の単換掌
馬貴派八卦掌の単換掌を紹介します。
馬貴派八卦掌の単換掌の特徴は、動作が比較的大きく、正確な歩法や定式を身に付けるのに適しています。
また、単換掌一つでも、両手を左右に広げる走馬活携の無いバージョンや双扣双擺、下勢のバージョンなど多彩な練習方法があります。
宋長栄派八卦掌の単換掌
宋長栄派八卦掌の単換掌を紹介します。
宋派の単換掌は、擺歩は四六歩を用い、いたってシンプルです。
馬貴派のように一動作、一動作で定式を取るのではなく、全動作で一とします。
他に私が学んだ単換掌としては、程派の老八掌では、円周上ではなく、走圏の外側に向かって単換掌を行います。(他派で言う背身掌に似ています)
劉派の単換掌は、次項で紹介する双換掌が単換掌となっています。
単換掌全般に言える事は、やはり基準となる歩法(扣歩と擺歩)を身に付け、換掌を中心とした螺旋勁の習得にあります。
双換掌
双換掌の双は、二つを意味し、双換掌で換掌を二回行うという意味です。
具体的には、扣歩 → 擺歩 → 扣歩 → 擺歩 → 扣歩 の歩法を用い、二回体の向きが変わります。(馬貴派の場合は三回)
双換掌の特徴としては、以下の二点が挙げられます。
- 双扣双擺による二回の転身
- 指天挿地による平円から立円への変化
指天挿地とは、走圏のページで紹介したように、体の左右(半身)を上下に展開した姿勢です。
伸展したものは、収縮する性質を持ち、単換掌の平円動作に指天挿地が加わる事で、立円動作が発生します。
具体的には、劈掌や蓋掌といった上から下へ弧を描く技法が生まれますし、燕子抄水のような下から上へ円を描く動作も生まれます。
※ 劈掌や蓋掌については、八卦掌の技法のページをご覧下さい。
宋長栄派八卦掌の双換掌
宋長栄派八卦掌の双換掌を紹介します。
本来は、二回目の換掌の後は下勢(燕子抄水)で行いますが、ここでは二回の転身動作に目を向けるため、直線上で高架子で行っています。
単換掌で換掌した後、さらにもう一度扣歩と擺歩を行い換掌します。二回転身する事で、何が変わるのか、色々と考えてみると良いと思います。
順勢掌
順勢掌の順は、方向が同じである。あるいは従う、そろえるといった意味があり、順勢で姿勢が同じ方向である。つまり、単換掌や双換掌のように、転身によって体の向きが変わらないといった意味になります。
実際、単換掌や双換掌は、体の向きが(逆に)変わりますが、順勢掌は左向きであれば、左向きの(順の)ままです。(ただし、現在では各派で工夫し逆向きになる事が多い)
その意味するところは何かと言えば、単換掌とは逆方向への歩法を用いるという事です。
下の図は、単換掌と順勢掌の歩法の違いを表したものです。
単換掌の場合は、A点で右足で扣歩し、左足で擺歩します。(赤線)
順勢掌の場合は、A点で左足で扣歩し、右足で擺歩します。(青線)
結果として、単換掌と順勢掌では逆方向へ転身動作を行う事となり、相反した関係となります。
この方向の違いが後々、技法の違いへと発展していきます。
順勢掌は、単換掌とは正反対の回転動作を行います。
八卦掌の応用型
老三掌以外の八卦掌の套路は、各派で様々です。
ただし大別すると、走圏の定式八掌の換掌を採用している門派と老三掌の発展型を採用している門派が多いようです。
私が学んだ馬貴派、程派、宋派では、以下のようになります。
定式八掌の換掌を採用 | 老三掌の発展型を採用 | |
馬貴派 | 〇 | |
宋長栄派 | 〇 | |
程廷華派 | 〇 |
参考にいくつかの八卦掌の套路を見てみましょう。
孫派八卦掌
私は学んでいませんが、定式八掌の換掌を採用している門派としては、程廷華に学んだ孫禄堂の孫式八卦掌があります。
私が学んだ程廷華派の老八掌は、孫派の八卦掌と構成が似ています。
孫派の八卦掌は、太極拳で言えば楊式太極拳のような存在で、早い段階で分派したからこそ、古い時代の程派の特徴を色濃く残していると思われます。
劉派八卦掌
老三掌の発展型を採用している門派は数多く存在しますが、私が学んだ劉鳳春派とは異なる系統ですが、史建華老師の劉派を紹介します。
やはり前半に老三掌である単換掌、双換掌、順勢掌が採用されています。後半の掌法を見ていると、前半に行っている動作を応用しているのが分かると思います。
馬貴派八卦掌
馬貴派八卦掌の場合は、老三掌というよりも、前半四掌を発展させる形で後半の四掌が存在しています。
馬貴派八卦掌の李保華老師による単換掌、双換掌、三穿掌、探掌、反背捶などが収録されています。
馬貴派の場合は、応用型であっても、鍛錬型と同じく架式が明確です。
尹派八卦掌
尹派も各派でだいぶ異なるようですが、基本的な八掌という事で、王尚智老師の系統を紹介します。
名称は異なりますが、よく見ると単換掌や双換掌と同様の掌法が採用されています。
尹派八卦掌の特徴は、穿掌(牛舌掌)が多用され、直線的な動作が多いと言われています。
梁派八卦掌
日本でも有名な李子鳴老師の老八掌です。第一掌は、尹派と同じく穿掌の単換掌が採用されています。
第二掌は、蓋掌を先に行っての双換掌です。第三掌は歩法を見る限り、順勢掌のようですね。
第四掌は、劈掌 → 穿掌の連続です。馬貴派の撩掌 → 穿掌とは真逆なのが面白いですね。
後半四掌は、老三掌の発展というよりは、独自の原理で構成されているようです。
八卦掌の套路も色々と見てみると、やはり古い時代のものほどシンプルで、近代になればなるほど、套路が長く複雑になっていきます。
これは私個人の見解ですが、昔日の八卦掌では、走圏をしながら行う換掌や套路は、練習体系の一部でしかなく、実際は単式練習(基本功や技法)が主だったのではないかと思っています。
直線上で行う套路
ここまでは、円周上で行う八卦掌の套路を紹介していきましたが、八卦掌には直線上で行う套路もあり、代表的なものを紹介します。
直趟六十四掌
直趟とは、直線上を往復するのような意味です。直趟六十四掌は、劉徳寛老師が創始したとされています。
一見すると形意拳のようですが、よく見ると八卦掌の技法や動きが織り込まれており、やはり八卦掌の套路だなと思います。
往路、復路でそれぞれ一路の構成となっており、4往復で8路の構成となっているようです。
私が最初に八卦掌を学んだ鄭志鴻先生は、宋派や梁派の六十四掌を習得されておりましたが、私自身は残念ながら未習得です。
帯領掌
帯領掌は、尹福系にのみ伝わっている套路です。
尹福の指導を受けた馬貴派では88式として、ほぼ同様の套路が伝わっています。
推托掌
推托掌も尹派にのみ伝わっている套路です。
馬貴派にも128式という套路が伝わっており、序盤を見る限りでは同種の套路のような気もしますが、中盤以降は何とも…。
会員達と練習してみて検証したいと思います。
まとめ
今回は、八卦掌各派に共通する老三掌を中心に、各派の八卦掌の套路を紹介してみましたが、いかがだったでしょうか?
見て頂いたら分かるように、八卦掌は一人一流派というくらいに套路が違います。
例えば同じ程派でも、一代違うと、老三掌以外はずいぶんと異なる場合もあります。
それでも八卦掌特有の技法や動作といったものがありますから、その部分を抽出して研究してみると面白いと思います。
今回も最後までお読みいただきありがとうございました。
八卦掌の套路に含まれる【八卦掌の技法】については、以下の記事をご覧下さい。
今回紹介した老三掌の用法例は、【八卦掌の用法】のページをご覧下さい。