八卦掌の技(防御と打法)
八卦掌の技法の特徴と、八卦掌の防御技法、攻撃技法を抜粋して紹介します。
八卦掌の技法の特徴
八卦掌の套路(型)は、定式で極めの動作をとらないため、具体的にどのような技が含まれているのか、分からないような構成となっています。
理由は、昔日の八卦掌は、清朝の皇族を護る要職にあり、同門の人間以外には技を見せないといった風習が今も根強く残っているからです。
また、その技法の特徴として、攻撃技、防御技といった明確な仕分けが難しいといった理由もあります。
つまり、基本的には防御的な技だけれども、攻撃としても使用できるとか、攻撃的な防御技法なども存在します。
とはいえ、最初から応用的な技法まで考えても仕方ありませんので、本記事では、基本的な使用方法として、防御的な技法と攻撃的な技法に分けて紹介します。
八卦掌の防御技法
主として防御に用いる八卦掌の技法を紹介します。
単換掌
単換掌は、老八掌や八大掌など八卦掌の套路(型)の第一掌にあたる技法です。
単換掌の意味するところは、基本功のページで紹介したように、まず螺旋勁の習得が挙げられますが、技法としての意味も多々あります。
その中の一つが盾としての役割です。
二人の剣士が戦っていたとしましょう。双方が剣を持ち、その内の一人は盾も持っています。
さて、単純にどちらが有利でしょうか?
双方の実力に相当の差がある場合は別ですが、基本的には盾を持っているほうが有利です。盾を持つという事は、相手の攻撃を防ぐ事ができるという事です。
盾がなければ、お互いに斬られたくない訳ですから、手が出ずに見合ってしまうか、どちらかの初撃を受けた後は、剣道のつばぜり合いのような形になってしまうでしょう。
上の写真では、右手、右肘、左手の三点で盾を形成しているのが分かると思います。
単換掌の初歩の戦術としては、相手の攻撃に対し、盾を持って斜めから入り、初撃を防いだ後、他の技法へと変化します。
盾はふちを用いれば武器としても使えますし、実際には左右だけでなく、上下や前後に対しても、瞬間的にパッと盾を出せる準備が必要です。
盾を持つ事で、相手に向かっていく勇気を持つ事ができます。
穿掌
穿掌は、その外見から、貫手での攻撃をイメージしますが、実際には防御的な使用頻度が高い技法です。
また同じく外見からは想像できませんが、単換掌の変化でもあります。
単換掌では、盾を持ちましたが、穿掌では槍を持ちます。
具体的なイメージとしては、盾としての役割を失わずに槍に変化していく感じです。
基本功で紹介した穿掌は、もっとも根幹的な上下の内功(ピストンとしての仕組み)を練ります。
技法としての穿掌は、上下の内功と共に、螺旋の力も加えて練ります。
螺旋勁が加わる事で、相手との接触時に弾く力(盾の力)が働きます。
後半に行っているのは、穿掌で相手の攻撃に交差し、そのまま穿掌で追撃する技法です(連穿掌)。
相手の攻撃に対し、穿掌で交差し、相手の腕の下を通って穿掌で反撃します。
ここまで、槍としての剛的な穿掌を紹介してきましたが、穿掌のもう一つの特徴は、蛇のような柔軟な変化です。
下の動画では、穿掌から単換掌の推窓望月への変化を紹介しています。
ご覧頂いたら分かるように、穿掌で交差した後、相手の力の方向を変えたり、腕の上や腕の下を通り推窓望月へとつないでいます。
この蛇のような柔軟な変化が穿掌の最大の特徴です。
撩掌
撩には、すそをまくり上げるなどの意味があり、撩衣で中国服(パオ)のすそをまくり上げるという意味になります。
腕の軌道は、ひざ下を通り、下から上への立円となります。
基本的には、肩口などをつかまれた際に、相手の腕を巻き込むようにして崩す技法です。(ここから肩関節を極める擒拿への変化もあり)
また打撃への対処としては、前述した穿掌で交差した後、手を翻して相手の脇や喉を突く挿掌という技法への変化もあります。
圧掌
圧掌は、撩掌と相反する技法であり、上から下へ弧を描き、文字通り下へ圧する技法です。
一つの使用例としては、相手に両肩を持たれた際に、相手の両腕を下から巻き込み、固定した上で圧して崩す技法などがあります。
両肩を押さえてきた相手の両腕を下から巻き込み、交差して封じる。
そのまま相手に密着し、圧掌で上から下へなぎ倒す。
また、打撃への対処としては、前述した穿掌で交差した後、圧掌へ変化し、相手の力を下方へと押さえながら、削掌や托掌などへの変化があります。
閉門掩肘
閉門掩肘は、門を閉め、肘を覆うという意味で、一つの定式ですが、その意味するところは、相手の攻撃を内側に巻き込む合勁にあります。
閉門掩肘では、両手が草刈り機のように、相手の攻撃を巻き込み、刈り取ります。
両手に草刈り機を持つ事で、相手の攻撃を待つことなく、自分のほうから積極的に相手に接触する事ができるようになります。
下の動画は、八卦掌の閉門掩肘を用いて、自分のほうから相手に接触していく様子を撮影したものです。
動画で見ると、相手が準備をする前に、いきなり襲い掛かっているようで、教育上はよろしくないです(^_^.)
ただし、武術としては、相手の攻撃を待って受けるのではなくて、未然に防ぐといった部分も必要ではあります。
ここまで紹介したように八卦掌の初歩的な防御技法としては、まず盾を持つ、次に穿掌(槍)で交差し、変化する。
相手に掴まれてしまった場合は、撩掌や圧掌で相手の腕を巻き付け反撃する。
また閉門掩肘のように、未然に相手の攻撃を押さえていく攻撃的な防御などがあります。
八卦掌の攻撃技法
次に主として攻撃として用いる八卦掌の技法を紹介します。
八卦掌の攻撃技法の特徴は、槍や棍、刀などの武器を扱う動作を素手の技術に応用している事です。
劈掌
劈掌の劈は、上から下に斧を振り落とすような動作の事を言います。
棍を振り落とせば劈棍。剣で上から下に斬れば劈剣です。
ただし、単に手を振り落とすのではなく、指天挿地の走圏で上下に伸展させた身体(半身)を合する事で振り落とします。
劈掌は、単独で使用する事は難しいので、穿掌からの変化技法として用います。
下の動画は、穿掌から劈掌への変化を単練(一人稽古)で行っている動画です。
穿掌で相手と交差した刹那に劈掌へとギアチェンジします。正面から見ると、剣道の面のようですね。
一連の技法として解説すると、以下のようになります。
相手の攻撃に対し、穿掌で交差し、
瞬時に指天挿地へ変化し、蓄勢
相手の首筋や鎖骨などへ劈掌を打ち下ろす。
劈のような上から振り落とす動作は、人間が本能的にもっとも強力に力が出せる動きです。
八卦掌は、その本能的な動きに独自の工夫(内功)を加えて行います。
蓋掌
蓋掌の蓋は、お鍋などの蓋を意味します。技法としては、相手に蓋をするように、上から下へ覆いかぶせる軌道になります。
本来は、棍術や槍術の陰手を用いた蓋棍という技法が基となっています。
根本的には、劈掌の変化であり、上から下への力を前方に転化させる打法です。
蓋掌は、主として歩法と併用して用います。相手の顔面を掌打で打ちます。
最後に少し滑っているのは、ご愛敬で(^-^;
探掌
探掌は、穿掌と同じく指先を用いた技法です。
探の文字通り、相手を探るように打つ場合と、相手を捕らえた上で打ち込む場合とがあります。
下の動画は、探掌の基本練習の一例です。
探掌は、穿掌と外見は似ていますが、内功的には、技を打つ仕組みが、だいぶ異なります。
探掌は、腕を伸ばす際にも、絶えず上から圧力をかけられた(抑圧された)状態で、体は左右に一切捻じらず、細い針の穴に糸を通すように練ります。
そして、その抑圧された状況の中から、矢が放たれるように打ち出します。
劈掌の項で紹介したのと同じく、穿掌で相手と交差した瞬間に探掌へとギアチェンジします。
動画で見ると、穿掌と探掌の内功(体を動かす仕組み)が異なるのがよく分かると思います。
ちなみに探掌の際に肩がよく動いていますが、肩の動きだけを真似しても意味がありませんので(^_^.)念のため
撞掌
撞掌の撞には、身体全体でぶつかる。衝突するなどの意味があり、一般的には腕を使った体当たりと紹介されます。
ただし、実際にはそれほど単純ではなく、走圏の下沈掌で得た抗力を、基本功の双撞掌で前方への力に転化し、かつ龍形撞掌などの要素も加え、それらの功法を組み合わせた結果が単撞掌です。
挑打
挑打は、下から上へ向かう力を前方への力に転化した技法です。
獅形穿掌は、挑打に基本功の獅子揉球などの動きを加え、立円動作によって穿掌を打つ技法です。
腋掌
腋掌の腋は、日本語では脇、わきの下、わき腹を指します。つまりわき腹を打つ技法です。
腋掌には、撞掌のように打ち込む場合と、チョップのように打つ切掌、そして切掌に螺旋の力を加えて擦り打つ技法などがあります。
托掌
托掌は、托天掌の走圏で得た、下から上へ托し上げる力を用います。門派によっては仰掌とも言います。
防御技法で紹介した圧掌などで、相手の攻撃を封じた後、托掌にて反撃します。
撩陰掌
撩陰掌は、防御技法で紹介した撩掌と同じく、下から上への力を用い、相手の下腹部を狙った技法です。
実用時は、体を沈めながら、撩掌を行い、相手の下陰部をすくい打ちます。
開掌
開掌は、基本功のページで紹介した開掌を用いて相手の首筋などを狙います。
削掌
削掌の解釈は門派によって様々ですが、基本的な意味としては、単に切るのではなく、削るように打つ打法の事です。
相手の耳下や首筋を削るように打ちます。
反背捶
反背捶は、八卦掌特有の転身を用いて、背面の相手を打つ技法です。
八卦掌の肘打と腕打
その他、肘を用いた技法や前腕部を用いた技法などもあります。
上の写真では前腕部を打ち付けていますが、馬貴派八卦掌には、穿掌のように突き込む腕打の技法も伝わっています。
八卦掌の蹴り技
八卦掌の蹴り技としては、走圏の歩法そのものを用いた暗腿が有名ですが、ここでは穿掌を同様の原理を用いた穿脚、撞掌と同様の原理を用いた撞脚を紹介します。
穿脚
つま先を用い、相手ののど、腹部、すねなどを狙う。
撞脚
撞脚は腹部や膝を狙います。
八卦掌の応用技法
まとめ
今回は、八卦掌の技法を防御的な技法と攻撃的な技法に分けて紹介してみましたが、いかがだったでしょうか?
冒頭でも触れたように、八卦掌の技法は、攻撃的な防御技法であるとか、基本的には防御として用いるが、攻撃としても応用可能といったように、明確な防御、あるいは攻撃といった仕訳がありません。
ですので、師の指導を基に自分自身でも、この動きにはどのような意味があるのかと考察していく必要があります。
また、技法の練習だけをしていても、なかなか真の意味での上達が難しいのも八卦掌の特徴と言えます。
この技法は、走圏のどの定式と関係があるのか、どの基本功が組み合わさって構成されているのかなども考えてみると良いとでしょう。
今回も最後までお読み頂きありがとうございました。
八卦掌の摔法(投げ技)や擒拿(関節技)については、以下の記事をお読み下さい。
八卦掌の基本功については、以下の記事で紹介しています。