走圏(そうけん)の意味と効果
八卦掌の歩法である【走圏】の意味と効果について、そして走圏の種類である定式八掌について紹介します。
走圏とは?
走圏とは、円を歩くという意味です。走の字は、中国語では歩くという意味になります。
文字通り、円周を歩く練習法です。
では、なぜ走圏の練習を行うのでしょうか?
八卦掌を見た事のある方は、誰もが疑問に持つと思います。
私自身が走圏を15年練ってきての実感としては、以下のような理由があります。
- 垂直軸を中心とした内面的な骨格の形成
- 全身に鎧(よろい)をまとう
- 八卦掌の発力システムの形成
順に解説してみましょう。
垂直軸を中心とした内面的な骨格の形成
武術全般において、正中線や中心軸が大事と言われ、八卦掌においても例外ではありません。
その上で、八卦掌の場合は、走圏時に擺歩と扣歩という歩法を用います。
擺歩は、内側から外側に、扣歩は外側から内側に弧を描く歩法の事です。
- 擺歩…内側から外側に弧を描く
- 扣歩…外側から内側に弧を描く
※ ただし、走圏時の擺歩は、外見上は、ほぼ直線となります。
さて、この擺歩と扣歩を行う事で、どのような効果があるのでしょうか?
一見すると、武術とは関係のない「縄のより方」である以下の動画を見てみて下さい。
動画を見ると、手の平でまず2本の縄(細い縄)をより、その2本の縄をさらにより合わせて、1本の縄を作っているのが分かると思います。
八卦掌の走圏は、単重と言い、左右どちらかの足に重心を載せた状態で行います。
例えば、内側の足に重心をかけた状態で、外側の足を扣歩すれば、軸足には外側から内側に捻じる力が加わります。
扣歩の足を着地し、内側の足で擺歩を行えば(実際はほぼ直線)、外側の足には内側から外側に捻じる力が発生します。
つまり、擺歩や扣歩を行う事で、それぞれの軸足(特に小腿、すね)の中に細い縄が形成されます。
その上で、左右の足をこすり合わせて走圏を行う事で、2本の縄をより合わせて、1本の太い縄を作っていきます。
そして、このより合わせた太い縄の中心が八卦掌の正中線(垂直軸)となります。
感覚としては、背骨そのものというよりは(部分的には背骨と重なりますが)、一つの独立した垂直軸で、この軸を走圏の練習を通じて、ワイヤーのように強靭な縄へと編み込んでいきます。
また腕も、肘や手首を少し捻じり、指先までを一本の縄のようにし、全身の縄とつなげる事で八卦掌特有の骨格を形成します。
全身に鎧(よろい)をまとう
全身に鎧を纏うと言うと、少し大げさな気もしますが、ようは打たれ強さの事です。
この打たれ強さというのも、武術全般にとって、必要不可欠なものです。
一般的に打たれ強さとは、まず筋肉をつけ、その上で実際に打たれる事によって、身に付けていきます。
それに対し、八卦掌の場合は、この打たれ強さも、走圏の錬功で身に付けていきます。
イメージとしては、太いゴム状の縄をより合わせて、体の内側から弾いてしまう感じでしょうか。
またこの縄を絞る事によって、内側に圧力が発生し、体の中から膨らませるようにして、打たれ強さを身に付けていきます。
筋肉をガチガチに固めてしまう感じではなく、弾力性があり、かつ一瞬だけ強度を上げる事も可能です。
沖縄の空手に三戦という型がありますが、体を絞り、締め、内側から圧力を発生させ、原理的には、ほぼ同じ事をしていると思います。
ただし、締め過ぎた縄は亀裂が入り、いずれ破れますから、適切な師の指導が絶対に必要です。
八卦掌の発力システムの形成
最後に紹介するのは、八卦掌の発力システムについてです。
八卦掌には定式八掌と言い、各派で微妙に違いますが、大体八種類の走圏が伝わっています。
そして、その八つの走圏に対し、それぞれに連動する力の出し方や技法があります。
詳しくは、次項の【定式八掌】で紹介しましょう。
定式八掌
八卦掌には、各派に大体八つの走圏があり、定式八掌、あるいは定勢八掌と呼ばれます。(馬貴派では八大形)
では、なぜ八種類も走圏があるのでしょう?
理由は、各定式に、それぞれ目的があるからです。
本項では、私が学んだ馬貴派や程派の定式八掌の中から、代表的な走圏の種類を紹介します。
推磨掌 (龍形)
推磨掌(馬貴派では龍形)の目的や効果に関しては、これまで紹介してきた走圏の効果そのものです。
全身を縄のようにより合わせ、八卦掌特有の中心軸や骨格の形成、そして武術としての気持ちも練り上げていきます。
八卦掌全般の基準となる姿勢であり、すべての技法や練習法は推磨掌に集約されていきます。
下沈掌 (熊形)
下沈掌(馬貴派では熊形)は、下に沈む掌と書きます。文字通り、掌を下に沈めています。
この事は、何を表しているのでしょうか?
他の走圏では、大体手の方向を見ていますが、下沈掌では手の方向を見ていません。
手に意識を向けない走圏であるからこそ、より強く体の中心軸に意識を向ける事ができます。
そして、この中心軸に対して、上から下へと自然に頭部と両腕の重さをかけています。
皆さんは、やじろべえをご存知でしょうか?
このやじろべえの形は、下沈掌の姿勢と同じです。
このように頭部と両腕の重さをバランス良く、自然に中心軸にかける事で、逆に上に向かう抗力を養成します。
この抗力は、後に学ぶ双撞掌などの技法の蓄勢となります。
托天掌 (鷹形)
托天掌(馬貴派では鷹形)は、天を托し上げた姿勢で、別名 大鵬展翅と言います。
ちょうど、やじろべえを反対にしたような姿勢で、大鳥が翼を広げ雄大な気持ちで練習します。
托の文字が使われている通り、下から上へ向かう力を蓄えると共に、下方への圧の力も有しています。
下沈掌では、体軸の強化を第一としますが、大鵬展翅は体軸と両腕との連動性(つながり)を重視します。
特に馬貴派八卦掌では、一般的な托天掌よりもさらに両腕を広げ、胸自体も展開して行います。
そうする事で、腕を胸から使う事ができ、開勁(開く力)の威力を増大させます。
指天挿地
指天挿地の走圏は、円の中心側に向かう手を上に、反対の手を地に挿入した姿勢です。
実際には、単に手を上下に開くというよりも、体の左右(半身)を上下に分けています。
大鵬展翅が体を左右に広げる(伸長させる)のに対し、指天挿地は体を上下に伸長(開展)させる勢です。
中心軸を強化すると共に、上下に体を合わせる合勁を養成し、劈や撩の力を内在します。
単勾式
単勾式では、片方の手は、手の平を上にして円の中心へ、もう片方の手は勾手を作り、円の外側へ向けます。
片方の手が勾手となるため、単勾式と呼ばれます。
托天掌の形と似ていますが、単勾式では左右の腕をそれぞれ逆方向に捻じり、円の中心に向かう手を実、勾手側を虚とし、虚実を表現しています。
単公式には、開、托、圧、穿などの意があり、ここまで紹介してきた走圏よりも技撃的な意味合いが強い走圏です。
獅子張口 (獅形)
獅子張口とは、ライオンが口を開く、広げたという意味です。
獅形は、片方の腕は上へ、もう片方の腕は円の中心へと向かい、単勾式と指天挿地を合わせたような姿勢となります。
その上で、両腕でボールを抱えるような意識を持ちます。
実技的には、上下と前後の方向線が交わり、八卦掌の特徴である縦の円、立円運動へと変化します。
まとめ
今回は、走圏の意味と目的について、また私が学んだ定式八掌の中から代表的なものを紹介してみましたが、いかがだったでしょうか?
他に私が学んだ走圏の種類としては、抱月掌、陰陽魚掌、托槍式、白蛇纏身、白猿献果などがあり、機会があれば追記する予定です。
八卦掌を学んで17年以上経って思う事は、八卦掌は型はすぐ見せてくれますし、教えてもくれますが(正しいものがどうかは別として)、走圏については、正しい走圏のやり方というのは、なかなか教えてくれないようです。
八卦掌もネット動画で目にする機会が多くなりましたが、やはり見る人が見れば、正しいものかどうかはすぐに分かってしまいます。
要訣なども含めて、順序立てて指導してくれる老師との出会いは貴重だなと改めて思います。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
八卦掌の基本功については、以下の記事をお読み下さい。
八卦掌の技法については、以下の記事で紹介しています。